僅か29枚しか発行されなかった影響を受け、350万円~3000万円という、大変な価格がつけられています。
昭和7年発行:新20円硬貨
68枚しか発行されなかった幻の硬貨と呼ばれています、【第一回近代金貨公開オークション】で1枚1000万円もの価格で落札されました。
昭和62年発行:50円、500円硬貨
この年も発行枚数が少なかった為、価値が出ます。
500円硬貨が2,000円~3,000円程度。50円硬貨の枚数は特に少ない為、8,000円~20,000円程度にもなるときもあります。
昭和64年発行:10円、500円硬貨
昭和最後の年で発行枚数が少ない為に人気の品です。
10円硬貨で300円程度、500円硬貨で2,000円程度の価格がつくときもあります
銭貨の歴史
日本(倭国)産の銭貨として最初に鋳造されたのは、無文銀銭または富本銭とされるのですが、実際に流通したかどうかは定かではなく、厭勝銭(まじない銭)や試作品の可能性もあり、よく分かっていない。
最初に正式な貨幣として発行されたのは708年(和銅元)の和同開珎です。これは律令国家の建設と軌を一にするものであり、中国王朝にならい貨幣発行権を国家のもとにおいたのです。律令政府は、蓄銭叙位法や献銭叙位法を施行するとともに、雑徭・調の銭納を認めるなど、銭貨の普及を強く推進した。以後、10世紀頃まで国産の銭貨である万年通宝・神功開宝・隆平永宝・富寿神宝・承和昌宝・長年大宝・饒益神宝・貞観永宝・寛平大宝・延喜通宝・乾元大宝の12種類が鋳造されました。これらを皇朝十二銭と呼びます。しかし、銭貨の原料となる銅が十分に確保されないために、消費需要に見合うだけの銭貨を供給することができず、銭貨は次第に布や米などの物品貨幣へ代替されるようになり、11世紀初めごろまでに流通しなくなりました。
平安時代後期に荘園公領制が成立すると、地域間の決済が増加していき、貨幣への需要が高まった。日宋貿易によりもたらされた宋銭・唐銭が次第に流通し始め、『百練抄』には、平安最末期の1179年(治承3)に「銭の病」が流行した記事が残っています。この「銭の病」を急激な宋銭普及に伴うインフレーションとする説もあります。
本格的に銭貨流通が盛んになったのは鎌倉時代からです。13世紀中葉ごろからの社会変動に伴い、銭貨流通は社会に広く普及した。室町時代に明から永楽通宝が大量に輸入されたのですが、永楽通宝は明が対日本向け専用に鋳造した銭貨です。
ながらく中国から輸入した渡来銭が流通していたのですが、江戸時代に入ってようやく安定的な貨幣供給体制が整えられ、慶長通宝、寛永通宝、宝永通宝、天保通宝、文久永宝などが流通した。寛永通宝は1953年(昭和28年)12月の「小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律」施行までは、法的には有効だった。
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%AD%E8%B2%A8" より作成
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